VANTECH(バンテック)キャンピングカーメーカーインタビュー

メーカー・販売店インタビュー
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キャンピングカー業界が現在抱えている問題の一つに、「納期の遅れ」がある。
購入者たちの底辺が急に広がっていることに加え、装備品目に最新技術を導入した複雑なものが増えるなど、1台あたりの製造工程が複雑になってきて、どのビルダーも受注に対する供給が追い付かない状況にある。
しかし、今の受注増の流れがいつまで続くのか警戒するビルダーもあり、「納期の遅れ」が発生しても、生産体制の増強には慎重に構える会社も多い。
そのなかで、生産体制を果敢に拡充し、ユーザーへの納車の期間を積極的に短縮しようとしているビルダーがいくつか存在する。
そういうビルダーの代表として、「VANTECH株式会社」の名を挙げることができる。
当然、そういう企業姿勢の裏には、未来へ投資する戦略的な読みと、企業経営哲学が存在するはずだ。
今回は、バンテックの佐藤徹社長に、ずばりそこを尋ねた。

聞き手:キャンピングカーライター 町田厚成

佐藤徹 バンテック社長
佐藤徹 バンテック社長

創業30年を超えるビッグメーカー

【町田】バンテックさんは、今年から社名を変更されましたね。「バンテックセールス」からアルファベット表記の「VANTECH株式会社」に変えられたわけですが、これには何か深い意味があるのでしょうか?

【佐藤】“深い” というほどのことはありませんが、もともと販売という意味の「セールス」よりも、製造に力点を置いていた会社ですし、去年から今年にかけて社内的なシステムも大幅に変わってより戦略的な目標もはっきり打ち出せるようになったので、これを機に、心機一転社名も変えていこうと。

【町田】アルファベッド表記にしたというのは、もしかしたら海外戦略を考えてのことだとか(笑)?

【佐藤】(笑)…まぁ、まぁ …。

【町田】とにかくバンテックさんといえば、キャンピングカーの生産規模からいっても、製品のクオリティーやアフターサービスの充実度からいっても、まさに日本を代表するキャンピングカーメーカーとして、これまで長い歴史を誇ってきたわけですが、まずは簡単な社歴から教えていただけますか?

【佐藤】会社が設立されたのは、1986年(昭和61年)です。創業者の名前は増田紘宇一(ますだ・こういち)です。

増田紘宇一 バンテック創業者
増田紘宇一 バンテック創業者

【町田】1986年というと、もう30年以上も前のことなんですね。創業期を代表する車として、どんなものがありましたか?

【佐藤】創業と同時に発表した「LT2型」というバンコン用家具キットが、私たちのデビュー作でした。これは50台ロットで製作を繰り返した国産初の量産型キットでした。
その後1990年に、完成車のバンコンとしてフルハウス、同じ年にアリスフィールド、そしてサザンスポーツなどというバンコンを出しまして、93年に、現在も私たちのバンコンを代表する初代のマヨルカをリリースしています。

初期の「マヨルカ」
初期の「マヨルカ」

【町田】キャブコン製作はいつからだったんですか?

【佐藤】1992年のJB-500からですね。その後が1993年のテラ500、そして1995年のJB-470と続きます。

初期の「JB-500」
初期の「JB-500」

【町田】バンテックさんのキャブコンといえば、なんといってもジルが筆頭にあがってくるのですが、ジルのデビューは?

【佐藤】1997年ですね。その初代から数えて現在のジルは5代目になります。生産累計では3,500台を超えています。

【町田】すごいですよね。そういうビッグブランドは、日本ではもうしらばくは出てこないでしょうね。

現行「ジル」
現行「ジル」

いち早くヨーロッパテイストを打ち出したバンテックデザイン

【町田】ところで、会社を設立された30年前には、ほかにどんな国産メーカーさんがありましたか?

【佐藤】今も続いている大きなメーカーさんとしては、当時すでにヨコハマモーターセールスさんがありましたね。あとはセキソーボディさん。ロータスRVさん。ほかにオートボディショップタナカ(現アネックス)さん、レクビィさんといったところでしょうか。

【町田】当時日本で走っているキャンピングカーといえば、どちらかというと、アメリカの大型車が主流で、国産車もそのアメ車の内装をコピーするような形で誕生してきましたね。
そのなかでバンテックさんだけは、いち早くヨーロッパテイストの内装を手掛けられていたと思うんですが、その理由は?

【佐藤】創業者の増田の “趣味” といってしまえばそれまでなんですが(笑)、増田が思うに、気候や走行環境から考えても、日本でキャンピングカーを扱うならアメ車よりもヨーロッパ車の方が向いている、つまりヨーロッパは日本と同じように道路幅も狭く、曲がり角も多い。
また北欧寄りの国になれば冬季は寒くなるので、断熱対策や凍結防止策も発達している。
そういうように、増田は「海外のキャンピングカー開発をお手本にするならヨーロッパ型キャンピングカーだ」ということをいちはやく見抜いたんですね。

【町田】そのためにキャンピングカーを製作するときのパーツも、ヨーロッパ製の部品を入れるようになったと?

【佐藤】そのとおりです。ドイツの「REIMO(ライモ)」社のパーツですね。ヨーロッパではキャンピングカーの安全性に関して厳しい基準を設けていましたから、当然パーツにもシビアな管理が行き届いていて、それがバンテックの車づくりにも反映するようになりました。
もちろん、内装のデザインテイストにおいても、我が社はヨーロッパの最新のトレンドを採り入れた内装を追求する方向に向かいました。

現在の本社(埼玉所沢市)
現在の本社(埼玉所沢市)

量産体制と生産システムを確実なものに

【町田】現在の話になりますが、この2017年という年は、バンテックさんにとってどういう目標に進んでいる年だといえるのでしょうか?

【佐藤】まず一つは、「増産体制を完璧に確立する年」にしたいということですね。そのために昨年山形工場を新設しました。
これは、以前の山形工場が手狭になったので、引っ越して新しく作り直したものですが、敷地でいうと約4千坪。以前の5倍以上の面積になりました。
そのため、ベース車をストックしたり、デリバリ待ちの車両を保管するのも楽になりました。

山形工場の外観
山形工場の外観
山形工場
山形工場

【町田】工場の新設によって、どのくらい生産効率が上がったんですか?

【佐藤】現在コンスタントに月産30台までは造れるところまで来ました。ただ、それでも、今は生産台数よりも受注の方が伸びている状態なんですね。そのため納期が遅れ気味になって、お客様にも迷惑がかかるような状態が続いています。
そこで、今年の12月の時点で単月50台までは造れるような体制を組む計画をしています。

【町田】生産台数を増やしていく秘策というのがあるんでしょうか?

【佐藤】実は、今バンテックの海外拠点であるタイのFRP工場を増設する計画を進めている最中なんですよ。
それによって、山形でもタイでもキャブコンとバンコンが造れるような体制をつくりあげていくつもりです。

【町田】具体的な車種として、新しい計画はあるんですか?

【佐藤】一つには、3年ほど前の幕張のショーに参考出品したNV200をボディカットした車両の量産体制をつくりたいと思っています。
あれはもともと “キャンピングカー” というよりは、いろいろな用途に応じて内装をコーディネートしていくという “多目的カー” なんですね。
だから、あれを “バン” として考えることもできる。後ろにリヤハッチを付けて、横にスライドドアを設ければ、もうバンなんですよ。
そういう方向で、さらに緻密な戦略を立てています。
もちろん当社としては、“多目的カー” の一例として、キャンピング仕様モデルもプレゼンしていきます。

NV200車両の外装
NV200車両の外装
NV200車両の内装
NV200車両の内装

海外進出も射程に入れて

【町田】NV200は、海外でも乗用車やタクシーとしても評価されていますよね。それを使った多目的カーのプロジェクトが成功したら、海外戦略車種としての可能性も出てくるのではないですか?

【佐藤】そうですね。そういう方向で考えるのも面白いかもしれませんね。

【町田】現在バンテックさんは、具体的な海外戦略というのはお持ちなのでしょうか?

【佐藤】はっきり言うと、あります ! ただ今の段階ではまだお話できるものが少ないので申し訳ないのですが、すでに具体的な方向性は考えています。

【町田】以前、ワーゲンT5を使ったヨーロッパ向けキャブコン開発のプロジェクトがありましたが、その計画が、プロトタイプの製作以上進まなかった理由は、やはりベース車の問題だったのですか?

【佐藤】そうですね。ヨーロッパのキャンピングカーの大半がフィアットデュカトベースになっていた時期でしたから、ドイツのフォルクスワーゲン社がライモ社を通じて、ワーゲンベースのキャンピングカーの開発を依頼してきても、それを欧州市場が受け入れてくれる要素はすでに少なかったということです。

ワーゲンT5プロトタイプ
ワーゲンT5プロトタイプ

【町田】ということは、デュカトのシャシーが国内で供給されたら、それを使ったキャンピングカーを手掛ける可能性はあるということでしょうか?

【佐藤】シャシーをわざわざ輸入するリスクがないのなら、デュカトを使うのも魅力的な話ですね。さらにキャブコン用のシャシーが供給されるというのなら、確かに食指は動きます(笑)。

【町田】海外戦略に関しては、かなり具体性を帯びた計画をお持ちのようですが、そういう情報がオープンになるのは、いつ頃でしょうか?

【佐藤】すべての準備を終えて、実行に踏み切る2~3ヶ月ぐらい前になったら、逐次ご報告させていただくことになると思います。
実は、いまベトナムからも実習生を募集しているところなんですよ。もちろんタイ工場にはタイ人の従業員もいます。
そうやって少しずつアジアの若い人々に戦力になってもらい、世界企業へ躍進できるような準備をしているところです。

タイ工場
タイ工場

レンタカービジネスにも食指

【町田】さらに将来の予定をお聞きしますけれど、ここのところレンタルキャンピングカービジネスがかなり成長してきましたが、バンテックさんとしては、レンタル部門進出の計画はおありですか?

【佐藤】それも考えてはいます。今はまだ具体的なことまで計画していないのですが、やるとしたら、うちは有利な部分があるとは思っています。
というのは、パーツセンターを持っているので、レンタカーを始めたとき、利用者にお貸しして壊れた部分が出ても、その補修が簡単にできる。そこがうちの強みになると思います。
だから、中古車ではなく、新車をレンタカーに卸すというアドバンテージも打ち出せる。しかも “フル装備” の車で(笑)。

【町田】なるほど。確かにそれは強いですね(笑)。
最後になりますが、佐藤さんはこの日本のRVマーケットが将来どういう形で推移していくとお考えですか?

【佐藤】あくまでも私個人の見解ですが、今後この業界が縮小するとはちょっと考えにくい。
もちろん日本経済が大幅に成長しているとは決して言えないのですが、それでもグローバルな視点に立つと、日本の景気は世界に比べてものすごく安定しています。
しかも今の政府の景気振興政策の目玉の一つに「観光立国」という戦略がある。
ということは、インバウンドの需要も含め、観光や旅行という分野が大きく成長していくことが見込めるということです。

何事も成功するまでは「不可能」に見えるものである

【町田】観光や旅行というのは、確かにキャンピングカーと関連が深い部門ですよね。

【佐藤】そうです。少なくとも、2020年の東京オリンピックまでは景気が失速することはない。

【町田】では、オリンピック後は?

【佐藤】そこですね。問題はそこからです。
でも、うちはオリンピック後に景気が失速しても、それを乗り切る戦略を考えています。
結局、オリンピック後の景気減速を予想して、会社の事業規模を拡大することを今から恐れていては、かえってリスクが高い。そうなれば、オリンピック後には現状を維持することすら難しくなっているかもしれない。
だから、うちは2020年以降には、「現在ではとても無理だろうと思える」ことを実現していると思います。

【町田】それは素晴らしい。楽しみですね。

【佐藤】私の好きな言葉があるんですよ。
それは、「It always seems impossible until it's done」。
訳すと、「それはいつでも、できるまでは、できないように見える」。
これは南アフリカ共和国のネルソン・マンデラさんがいった言葉で、「何事も、成功するまでは不可能に思えるものである」という意味なんです。
これを座右の銘として、今後も突き進んでいきたいと思っています。

WRITER PROFILE
町田厚成
町田厚成 (まちだ・あつなり)

1950年東京生まれ。 1976年よりトヨタ自動車広報誌『モーターエイジ』の編集者として活躍。自動車評論家の徳大寺有恒著 『ダンディートーク (Ⅰ・Ⅱ)』ほか各界著名人の著作の編集に携わる。 1993年『全国キャンプ場ガイド』の編集長に就任。1994年より『RV&キャンピングカーガイド(後のキャンピングカースーパーガイド)』の編集長を兼任。著書に『キャンピングカーをつくる30人の男たち』。現キャンピングカーライター。

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