
キャンピングカービルダーの社長は、普段どんなクルマに乗り、どんなライフスタイルを送っているのだろうか?自らキャンピングカーライフを実践するビルダーの代表にスポットを当て、その愛車とライフスタイルを紹介することでビルダーのバックボーンを紐解くのが、本企画の趣旨だ。
今回ご登場いただくのは、岐阜県可児市に本社を構え、岐阜本店・湘南店・東京店・土岐店、そして輸入車キャンピングカーディーラーブランドとしてEURO-TOY(ユーロトイ)相模原の直営5店舗を展開する、「トイファクトリー」の藤井昭文代表。幼少期から人生の大半をキャンピングカーと共に過ごしてきた藤井さんは、どんなクルマに乗り、どんな楽しみ方をしてきたのか。その愛車遍歴から、トイファクトリーのルーツとこだわりを紐解く。

目次
幼少期のキャンピングカー旅行がすべての原点
藤井さんは、約50年前からキャンピングカーに深く関わりを持ち、幼少期からの思い出や家族との車中泊体験を通じて、キャンピングカーという乗り物に対する特別な愛着を育んできた。4歳の頃に初めて乗ったキャンピングカーは、グリーンのE21キャラバン。内装業を営む父が、家族と車中泊旅行を楽しむために作ったキャンピングカーだ。
「父は職人で、毎日夜遅くまで働いていました。そんな中でも、子供と遊ぶ時間を少しでも作ろうとしてくれていたんだと思います。仕事が忙しくて旅館やホテルには泊まれないけど、車中泊なら自分たちのペースで家族旅行ができる。キャラバンの荷室に2段ベッドを作って、絨毯を敷いて、カーテンを付けて、車内で生活できるキャンピングカーにしてくれました」
藤井家の自作キャンピングカーは、内装業で日常的に使用する“仕事グルマ”と、家族と車中泊旅行を楽しむ“キャンピングカー”という、2つの役割を担っていた。父の仕事は日曜日が休みなので、土曜日の夜は早めに入浴を済ませ、パジャマ姿で父の帰りを待つ。父の帰宅後、家族でキャンピングカーに乗り込んで、独特のワクワクを味わいながら移動中の車内で眠りについた。
「行き先を聞かされていないので、起きたら目の前にドーンと富士山があったり、海が広がっていたり、そういうサプライズの繰り返しでした。今みたいにクルマが高性能じゃないので、どこに行くのもとにかく遠い(笑)。目的地で過ごすのも楽しみですが、キャンピングカーで移動することや、キャンピングカーに乗ること自体が大好きでした」
藤井さんの成長とともに、父の自作キャンピングカーも変化していく。藤井さんが小学生の高学年の時には、キャラバンからいすゞ・ファーゴのロールーフに乗り替え、再びキャンピングカー仕様に改装。Cピラー以降を窓埋めして内装全体を仕上げるなど、父の自作技術はさらに進化していった。そんな中、自作キャンピングカーの旅を通じて、トイファクトリーが現在もこだわり続ける“断熱”の重要性を肌で感じたという。
「1台目がE21キャラバン、2台目がいすゞ・ファーゴのロールーフ、3台目がいすゞ・ファーゴのハイルーフ、4台目が71ハイエースのスーパーロング。僕が4歳の時から18歳くらいまで、家族の自作キャンピングカーライフは続きました。初めて断熱の重要性を感じたのは、小学校から中学校に上がるくらいの、ファーゴに乗っていた時。冬の車中泊が寒いので、『お父さん何とかならないか』という話になり、家の建築にならって試しにグラスウールを入れてみた。すると、音はだいぶ静かになったものの、冬の寒さはあまり変わらない……。その後、発泡剤が入った建築資材を使用するなど、材料にもこだわるようになって、最終的に暖気が逃げず冬でも暖かい車内になりました。その頃から、“車中泊は断熱が重要”ということを実体験で感じていました」
18歳で初愛車のワーゲンを自分でレストア
藤井さんが、初めて自分の愛車を手に入れたのは18歳の時。1961年型ワーゲン・タイプⅠのコンバーチブルをカリフォルニアから輸入して、ボロボロの個体を自らレストア。FRPとパテでボディの表面を整えて、鮮やかなキャンディレッドで塗装をした。何度も失敗を繰り返しながらの作業だったが、クルマ好きの仲間と一緒に初めての愛車を作り上げるのは、時間を忘れてしまうほど楽しい時間だった。
その後、20歳になった藤井さんは、キャンピングカーショップをやりたいと考え始める。1990年代初頭は、日本RV協会主催の大規模イベントが各地で増えてきた時期。藤井さんも、名古屋で開催されたキャンピングカーショーを見に行って、全国の有名ショップが製作したキャンピングカーに衝撃を受けたという。
「すごいなと思う半面、日本にはこれしか台数がないのかとも思いました。それと、自分が考えているキャンピングカーとも少し違った。当時はバニングカスタムが全盛で、キャンピングカーもバニング風の豪華な内装が主流でしたが、自分の理想は、シンプルで、荷物をたくさん積めて、広く寝ることができる、実用性重視のキャンピングカー。そういうクルマを自分で作りたいという思いが強くなり、キャンピングカーショップの開業資金をためるために、トラックドライバーをやったり、カスタムショップで働いて内装製作の技術を磨いたり、アパレルの商社に入って営業やインポートの基本を学んだり、20代前半はとにかく夢に向かって必死で働きました」
ターニングポイントになった2台の愛車
アパレルの会社で働いていた22歳の藤井さんが乗っていたのは、ランクル60だった。スノーボードが日本ではまだマイナーだった1993年当時、藤井さんはオリンピックの強化選手が所属しているような有力スノーボードチームに入って、各地のスキー場で腕を磨いていた。雪山を走れて車中泊ができるクルマとして、白羽の矢が立ったのがランクル60。週末になると山に入って車中泊をして、朝からスノーボード三昧。お昼時には、クルマに戻ってカップラーメンを食べるのが定番のスタイルだった。
「当時人気だった簡易的な8ナンバーキットは、板に生地を直張りしているようなものばかり。車検を通すのが目的で、寝ることを考えていない。自分的には遊びの現場でしっかり使えることが重要なので、頭上空間も必要だし、クッション性も欲しいし、コンロも使いたい。それで、自分が納得できる8ナンバーキットを作ったところ、行きつけのクロカンショップや仲間内で評判になって、同じものを作ってほしいと注文を受けるようになりました。これが、キャンピングカーショップを始めるという夢への第一歩でした」
ランクル60も思い入れのあるクルマだったが、キャンピングカーと比べると徐々に物足りなさを感じるようになり、1年ほどで乗り替えを決意。次に選んだ愛車は、ウエストファリアのワーゲンT4だった。
「本場のキャンピングカーがどんなものか興味があって、当時最長の60回フルローンで購入しました。実際に乗ってみたら、驚きの連続。日本のキャンピングカーとは概念そのものが違うというか、空間の取り方、収納スペースの作り方、走行時の安定性など、すべてが目からうろこで、このクルマに乗っている時に『和製ウエストファリアを作りたい』と考えるようになりました。トイファクトリー創業時に資金確保のために売却してしまいましたが、短期間でも本場のキャンピングカーを体験できたのは、自分にとって大きなターニングポイントでした」
トイファクトリー創業からの愛車遍歴
1995年、藤井さんが24歳の時に「トイファクトリー」を創業。父が営んでいた、内装業「フジイインテリア」のキャンピングカー事業部という形でのスタートだった。それから31年間、乗り継いだ愛車はすべて自社のキャンピングカーだ。
「最初に乗ったのは、1996年に発売したリンドバーグ。当時はとにかくお金がなかったので、展示車・イコール・マイカーでした(笑)。リアウィンドウに、『トイファクトリーキャンピングカー製造販売』と、電話番号入りの看板をカッティングシートで貼って、宣伝の一環として家族であちこち走り回っていました。アウトドアが好きなのでしょっちゅう遊びに出かけていたし、上の子は0歳3ヶ月からキャンピングカーに乗って、夏は毎年北海道で長期旅をするのが恒例でした。リアウィンドウの看板を見て連絡してくれる人がいたり、キャンプ中や外食をして駐車場に戻った時に、内装を見せてほしいと声をかけられたり、まさに趣味と実益を兼ねた使い方でしたね」
藤井さんの愛車遍歴は、最初がトイファクトリーの記念すべき第1号車「リンドバーグ」。その後「ティピー」「ランドティピー」「トイズボックス」を乗り継ぎ、現在は「バーデン」「エトルスコ」の2台体制となる。当初は節約と宣伝を兼ねて乗っていた自社のキャンピングカーだが、自ら使い倒すことで製作時は見えてこなかった多くの気づきがあったという。
「実際に使ってみると、良いところ、悪いところが見えてきます。子連れの旅だと荷物が多くなるので、折りたたみ式の2段ベッドがあると便利だなとか、常設ベッドは広い方がいいなとか、リビングとベッドが分かれている方が快適だなとか、遊び道具を積めるように荷室は大きい方がいいなとか。それって、すべて使ってみないとわからないことなんですよね。現在も新型車両ができたら必ず自分で乗って、初期段階で20項目以上のダメ出しをすることもあります。それを技術部のスタッフにフィードバックして、手直しをしてキャンピングカーとしての完成度を高めていく。レイアウトはもちろん、振動だとか、音だとか、明かりの雰囲気だとか、そういう細かい部分も含めて実際に使ってチェックしています」
リンドバーグ
100系ハイエースベースの「リンドバーグ」は、1996年に発売したトイファクトリーの記念すべき第1号車。FASPシートをセカンド&サードに備えた3列シートレイアウトで、リア左右に家具(右手にシンクと冷蔵庫を内蔵)、家具の上に大きなベッドを装備していた。当時としてはオーソドックスなレイアウトだが、上段ベッドを設置するとシンクと冷蔵庫が使いにくいのが難点……。藤井さんが実際に乗って感じたその不満点が、翌年登場する「ティピー」の開発に活かされた。
ティピー
1997年に発売した100系ハイエースベースの「ティピー」は、現在のトイファクトリーの礎となったモデル。ウエストファリアを彷彿とさせるセンターシンク、広大なフルフラットベッド、大容量のリアラゲッジは、藤井さんの家族旅の経験から生まれたものだ。シート下にスキーやスノーボードなどの長尺物も積載でき、アウトドア好きを中心としたアクティブ派のユーザーから人気を集めた。
トイズボックス
2004年に発売した200系ハイエースベースの「トイズボックス」は、「遊びのグッズを載せるトランスポーター」がコンセプト。広いベッドと大容量のラゲッジスペースを備えたシンプルな内装は、サーフィン、スケボー、釣り、トレッキングなどを楽しむ藤井さんにとって、まさに“趣味のおもちゃ箱”。アウトドア、ホビー、バイクなど、幅広いライフスタイルに対応する“ワゴン以上キャンピングカー未満”のシンプルキャンパーだ。
2台体制でキャンピングカーライフを満喫
トイファクトリー創業から31年間、自社のキャンピングカーに乗り続けてきた藤井さんは、現在もハイエースバンコン「バーデン」と、ユーロトイが販売する「エトルスコ」で、充実したキャンピングカーライフを送っている。子供たちが成長したことで近年は夫婦と愛犬の旅がメインだが、予定が合えば今でも家族そろってクルマ旅を楽しむという。
「エトルスコに関しては、輸入1号車に自分が乗ることで、ヨーロッパ車の良さだとか、デュカトについての車両への心配、乗り心地や走行性能、サイズ感など、お客様が気にされる部分に対する回答を、自らの経験で証明したかった。
結果として、乗ってみた感想は、最高の一言です。とにかく、クルマの基本性能が優れている。例えば、中央道の談合坂で国産キャブコンが必死に登っている時に、デュカトベースならアクセル半分でスイスイ走れてしまうし、国産キャブコンだとブレーキがフェードしてしまうような峠の急な下り坂でも、デュカトなら何の問題もなく走行できます。
「室内の住み心地も、言うまでもなく快適そのものです。うちは大型犬(スタンダードプードル)を飼っていて、一緒に旅をすると犬用にもある程度の空間が必要になります。エトルスコだと常にそのスペースが確保されているので、犬も家にいるのと同じような感覚で落ち着いてくつろいでいます。うちの妻はハイエースが大好きで30年以上ずっと一緒に乗ってきましたが、そんな妻がエトルスコに乗ったら『もう戻れない』って言うほどですから(笑)」
「雪山に入る時や気軽に旅をしたい時は、やっぱりバーデンが便利です。昨年家族で北海道を旅した時はエトルスコ、夫婦で九州を回った時はバーデンで行きました。エトルスコ1台にしようと思ったこともありましたが、結局はハイエースが好きなんですよね。車両自体にいろいろ携わさせてもらって、皆さんが知らない改良点などもすべて見てきているので、このクルマってすごいなと感心することがたくさんあって。サイズ感もそうだし、乗っていても気をつかわないし、本当に長い付き合いなのですべてがしっくりくる。トイファクトリーを育ててくれたのも、ファン層を厚くしてくれたのもハイエース。そこには特別な思い入れがありますし、自分にとってなくてはならない存在です」
仕事でキャンピングカーを製造・販売していても、プライベートでキャンピングカーに乗るビルダー社長は、実はほんの一握りしかいない。そんな中、藤井さんは人生の大半をキャンピングカーと共に歩み続けてきた。その理由と、キャンピングカーに乗り続ける原動力は、一体何なのか?
「自分にとって旅の原点は、電車でも飛行機でもなく、セダンでもワゴンでもなく、父親の作ったキャンピングカーなんです。幼少期から、キャンピングカーが当たり前のライフスタイルを送ってきたので、いくつになっても旅が好き。小学生時代は自転車に三角テントを縛り付けて旅をしたし、10代~20代はオフロードバイクで野宿をしながら北海道から沖縄まで走りました。自由な旅が好きなので、免許を取ってクルマに乗れるようになったら、やっぱりキャンピングカーに行きつくんですよね」
「僕は、キャンピングカーに乗らないのは損だと思っているんです。子供の成長の過程でもそうだし、夫婦2人になってもキャンピングカーが絆を繋いでくれる。自分の人生の9割はキャンピングカーに接していますから、ないと困るというか、あって当たり前の存在だし、自分にとってキャンピングカーは、人生のパートナーです。トイファクトリーの社長だから乗っているというわけではなく、自分がキャンピングカーを好きだから、楽しいから乗っている。その経験がキャンピングカーの開発や販売に活かされて、大勢のお客様の幸せな笑顔が見られる。それって、最高の人生じゃないですか」




